ABOUT
150年前、新しい“日本の未来” を
夢見た若者たちがいた。
その想いは、ある日、
確かな挑戦へと変わり、
やがて日本の歴史を大きく動かす
力となった。
日本初の鉄道建設の計画には、
いくつもの困難が立ちはだかった。
しかし、彼らはその挑戦を
あきらめなかった。
西洋の技術と日本の技術が出会い、
それぞれを結集させながら、
石を積み、線路を延ばし、
ついに新橋から横浜までの
約29kmをつなぐ
“未来へ走る最初の鉄道” を
完成させた。
大胆で革新的な発想のもと、
海の上に鉄道を走らせた高輪築堤は、
そのイノベーションの象徴だ。
それは日本人にとって、
「不可能を可能にする」という精神を
映し出している。
たとえどんなに険しい道に
見えたとしても、
誰かが最初に思い描き、
一歩を踏み出すことで、
未来はひらかれていく。
これは、その “最初の一歩” に
込められた精神を受け継ぎ、
未来を切り拓こうとする全ての人へ
届けていくプロジェクト。
THE FIRST RAILWAY PROJECT、
発車します。
PROJECT
新橋・横浜間の約29kmに、150年前、日本の近代化を象徴する鉄道が
開業しました。
その歴史と記憶を未来へ受け継ぐプロジェクトとして、この取り組み
は始まりました。
鉄道開業を成し遂げた
イノベーションの精神を、
展示などの様々な取り組みを通して
紹介していきます。
HISTORY
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海の上に築かれた日本初の鉄道
提供:鉄道博物館
明治2年(1869年)、文明開化のただなかで、政府は鉄道建設を決定します。日本で初めての鉄道が新橋と横浜をつなぐことになりました。ところが、中間地点である高輪海岸周辺は土地の鉄道利用が認められませんでした。難問を解決するために生まれたのが、「海の上に線路を敷けばいい」というアイデア。こうして、明治5年(1872年)、当時の東京湾上に高輪築堤が出来上がったのです。
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新橋ー横浜間をつないだ
イノベーション精神日本初の鉄道が通ったのは、新橋から横浜までの29km。そのうち本芝から品川停車場までの2.7kmが高輪築堤にあたります。江戸時代以来の城の石垣技術を活かしてつくった堤の上に、イギリス製のレールが敷かれました。建設はイギリス人技術者エドモンド・モレルの指導のもと行われ、現在ほど工事用車両や機械等もなかった時代に、わずか2年半で鉄道開業が実現したのです。
まちづくりを
きっかけに
高輪築堤が姿を現す
高輪築堤は大正時代に埋め立てられ姿を消していましたが、2019 年の品川駅改良工事中に石積みの一部が見つかり、発掘調査の結果、開業当初の高輪築堤の遺構が残っていることが判明しました。2021 年には、日本の交通の近代化や当時の土木技術等の歴史を知る上で重要な遺跡として、「旧新橋停車場跡及び高輪築堤跡」として国の史跡に指定され、2028(令和10)年春に2か所の現地公開を予定しています。また信号機土台部の移築公開も計画されています。
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高輪築堤跡の整備工事(第7橋梁部)
ここでは、日本初の鉄道を支えた石積みの橋台「第7橋梁部」が発見されました。第7橋梁は新橋から数えて7番目に位置し、地元の漁師が海に出られるよう通船口として設けられた橋梁です。この建設には城の石垣を築く日本の伝統的な技術を活用しつつ、イギリスから輸入した鉄道技術を融合し、築き上げられました。「第7橋梁部」は、明治期の土木技術の変化の過程を今に伝える遺構として、国の史跡に指定されています。
現在、欠損部の再現や文化財保護のための適切な保存環境を整え、当時の風景が感じられるよう現地公開に向けた整備を進めています。 -
高輪築堤跡の整備工事(公園部)
ここでは、鉄道開業当時の単線から、複線化、3線化し、さらには高架化したという鉄道が発展してきた変遷をたどることのできる遺構が残っています。「公園部」の築堤は「第7橋梁部」と同じく、国の史跡に指定されています。公園に隣接するMoN Takanawaや一体的に整備される公園広場と連携し、当時の築堤が海の上に築かれた姿をイメージできるよう、さまざまな視点から築堤を眺められる空間の整備を行います。また築堤の上部空間では、鉄道が発展した変遷をたどることのできるランドスケープを設け、訪れる人が鉄道の歴史を感じられる場所を目指しています。
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開業期の鉄道が走った場所「高輪リンクライン」
かつて鉄道が走っていた場所の一部は広場として整備され、高輪リンクラインが生まれました。鉄道開業当時の位置にレールが埋め込まれています。レールの幅は現在の山手線等の在来線と同じものです。道に沿うように立つアートワークでは、鉄道が人々の暮らしにもたらした変化を、過去から現代、そして未来へと辿ります。AR技術によって、高輪築堤を走る蒸気機関車に出会えます。
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写真:畠山直哉
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GALLERY内の様子
築堤を支えた「松杭」を今に活用
高輪築堤の地盤を固めていたのが、海中に無数に打ち込まれた松杭です。それらは、石垣が崩れるのを防ぐ役割を果たしていました。発掘された松杭は、新しい姿へと生まれ変わり、今は、THE LINKPILLAR 2のGALLERYの床材や、まちの中のベンチとして活用されています。かつて鉄道を支えた存在が、開業時の記憶と共にまちの光景に溶け込みます。
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高輪リンクラインの築石
築堤をかたちづくった「築石」の活用
高輪築堤の記録保存調査で取り出された石は、今もまちの中で息づいています。当時、線路の陸側は垂直に石を積み、海側は波の力を和らげるために緩やかな角度で石を組んでいました。この二つの積み方は、高輪リンクラインの植栽まわりにも忠実に再現され、鉄道開業を実現した石が、まちを訪れる人の足元で静かにその歴史を語り続けています。
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写真:畠山直哉
THE FIRST RAILWAY展 ーはじまりの鉄道ー
THE LINK PILLAR 2のGALLERYは、高輪築堤にかかっていた「第7橋梁」の遺構の目の前に位置しています。ここでは、『THE FIRST RAILWAY 展 —はじまりの鉄道—』を開催します。鉄道開業の歴史や高輪築堤の発掘調査の紹介、文化財とまちづくりの両立に向けた取り組みについてのインタビュー映像などを通して、鉄道開業から高輪築堤の保存・公開へと至るまでの歩みを知ることができます。遺構は現在、公開に向けた準備が進められています。
- 〈会場〉
- THE LINKPILLAR 2 | 1F GALLERY(下記マップ内C)
- 〈開廊時間〉
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10:00~19:00(最終入場 18:45)
(休館日:ビル休館日に準じる) - 〈入場料〉
- 無料
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上映映像には、発掘調査で取得した遺構の点群データ(3Dの記録データ)が使われています。
MoN Takanawa内での高輪築堤展示
MoN Takanawa : The Museum of Narratives では、高輪築堤を描いたムービーを上映しています。発掘された高輪築堤の3Dデータをもとに制作された映像は、かつてこの地を走った鉄道が未来へと走り続ける姿を美しく表現します。また、地下1階の「MoNライブラリー」には、高輪築堤や鉄道の歴史に関する本を集めた小さな図書スペースが設置されています。映像で物語に触れ、本を通して知識を深めることができる場所です。
- 〈会場〉
- MoN Takanawa : The Museum of Narratives B1F Box1000ホワイエ部分など
- 〈開館時間〉
- 10:00〜19:00(金土のみ〜21:00)
- 〈休館日〉
- 毎月第2火曜日
- 〈入場料〉
- 無料
※Box1000ホワイエ部分は、Box1000内のプログラム開催時間により、入場可能時間が変化します。詳しくはMoN Takanawa公式HPをご覧ください。
※2026年度、MoN Takanawa内にて企画展を予定。
- 高輪築堤跡(公園部) : 2028年春公開予定
- 高輪築堤跡 (第7橋梁部):2028年春公開予定
- GALLERY
- 高輪リンクライン
- 高輪築堤跡(信号機土台部): 公開計画中
LOGO MARK
このロゴは、日本初の鉄道が生まれた「イノベーションの出発点」を象徴しています。
新橋・横浜間を結んだ線路は、未来へと続く道そのもの。線路の先に重ねた半円は、昇る太陽と未来への光を体現。ゴールドの色彩には、未来を照らす光を象徴的に込めました。過去の歩みを讃えるだけでなく、挑戦が連なり、未来へ進み続ける意志をかたちにしたロゴです。